関西に生まれた私は、柔らかな口調でおじさんが甥っ子に不思議な物語を聴かせるような、そんな司馬遼太郎の作品が若い頃から大好きだ。
その具合は、司馬さんは故人なので、私も人生の中でその残された珠玉の作品を全部読んでしまわないよう、ある時からゆっくり読むようになったほどだ。
1番好きな作品は『竜馬がゆく』で、大学時代は友人に勧めたりした。
他に『国盗り物語』のような歴史をベースにした小説が好きだが、『韃靼疾風録』や『妖怪』といった少し不思議な話にもワクワクする。
それに、エッセイも昔の関西の柔らかな空気感が充満していて、楽しい。
その中に、不思議な話や景色の源流になったように思える話が、『司馬遼太郎が考えたこと1』の中にある。
『請願寺の狸ばやし』と『石楠花妖話』だ。
どちらも司馬さんが若い頃の経験に基づいた、いわばノンフィクションだ。
前者は奈良の花岡大学さんという作家が住む、戦後の貧しいながらも楽しい牧歌的な話で、
後者は京都の志明院という山奥の寺で実際に不思議な体験をした話である。
『請願寺の狸ばやし』では、子沢山の花岡大学(小学生の頃に、教科書で作品を見て、大学という名前だったので長く覚えていた)さんの日常を描きながら、村を再生したその父親の話を伝え、最後は「人間が地上に残していく仕事について考えさせられた」で終わるため、私もそれについて考えさせられた、自然の中にキラッと光が見えるような、良いエッセイである。
『石楠花妖話』では、竜火や天狗の雅楽などの怪異な現象を、リアリズムを追求する新聞記者として見物に行く、と言った話で、それだけでも引き入れられるのだが、実際に怪異に遭遇してしまい、その描写が見事なので、「真っ暗闇の昔の田舎では、そんなこともあるかもな」と思ってしまう、そんなエッセイである。
ちなみにこのお寺の周りは、『もののけ姫』の森のモデルになったとも言われているようなので、司馬遼太郎と宮崎駿お二人のファンであるこちこたとしては、実際に行ってみたいと思う。